あなたは、反抗期という言葉にどんなイメージをお持ちですか?


思春期である中高生くらいの子どもが、親に対して不機嫌な態度をとる時期。一般的にはそのように解釈がされているのではないでしょうか。

反抗期は、親に対しても厄介なもので、その兆候がなく親と仲良しでいつもニコニコしている子を見ると、『手がかからくていいわね』と思う人もいるようです。

実は私も10代で反抗期が来ず『いい子』だと言われ続けてきたうちの1人でしたが、30歳のある日、あることをきっかけに突然怒りの蓋が開いてしまいます。

今まで扱ったことのない激しい感情に揺さぶられる日々の中で、しばらくしてから遅れた反抗期を迎えたことを自覚したのでした。

一連の嵐を無事に終えた現在では、怒りを味わいながらも自分をコントロールし、成長の糧になる幸せな体験として変えていけるようになりました。

この記事ではそんな私が、大人の反抗期をスッキリ終わらせおだやかに生きるための、本質的かつ具体的な方法をお伝えしたいと思います。

①¨守・破・離¨に例える成長のプロセス

突然ですが、あなたは【守破離】(しゅはり)という言葉をご存知ですか?

近年では、主に自己啓発で見かけるようになったこの守破離ですが、元々は武道や華道などの〇〇道に由来する成長のプロセスのことを指しています。

  1. 守る基本を学ぶ。とにかく師を真似てその通りにする。
  2. 破る…違うやり方が新鮮になり、今までの型を壊す。
  3. 離れる…自己流を編み出し、オリジナルが完成する。

     

今回は、この守破離を用いて私が実際に体験した大人の反抗期をたどっていきたいと思います。
 

”守”…30歳までとにかくいい子を貫く

まず、基本を学ぶ¨守¨の段階ですが、ここでいう『師』は親になります。

いくら自由がいいと言っても基本は大切。そこで、両親は自分が培ってきた価値観によりしつけをすることでしょう。

一方の子どもはというと、親に褒められることや喜びをともにすることを目的に、素直に言いつけを守ります。大人の反抗期の人は、なんらかの事情による親への気遣いから、この¨守¨が長くなってしまうことが特徴です。

私は三人兄弟ですが、兄と姉は感情の起伏が激しく、思い通りにならないとすぐ怒るタイプでした。私だけは親を困らせてはいけないという気持ちが成長とともにどんどん強くなっていきます。

母は、兄弟に対してはあきらめ半分のところがあるのに、私には口うるさく注意するし私が期待を裏切ると悲しむ…。そう感じるようになりました。

そんな私は、いつしか自分より人を優先するようになり、なんでも言う通りにするようになりました。常に笑顔を絶やしません。

それに加えて、しつけからくる社会的常識もうまく吸収し、周囲からは素直ないい子だと見られるようになりました。

人に合わせすぎた結果【自分で決められない】【自分の気持ちがわからない】状態になってしまっていたのですが、そのときは知る由もありません。

まるであやつり人形のような素直さではありますが、
その姿が抑圧の末にできたものだということに誰も気づいていませんでした。

 

¨破¨…結婚を機に激変?!反抗期スタート

そんな私も、30歳で結婚をすることになります。

今度は家庭を築く側になり、親や大人目線ではじめて物事を考えるようになりました。そしたら、ある疑問が生じてきます。

¨自分の子どもに同じような我慢をさせるだろうか…?¨

親は本来子どもを守る立場なのに、『自分の期待通りに育ってほしい』『よくしつけができている親だと思われたい』という親のエゴを守るために¨都合のいい子¨になっていたのではないか…??

親元を離れ、これまでの自分をはじめて客観視したら驚愕の事実に気づいてしまったのです。
そして、『自分の生い立ちは一体なんだったのだ?!』と、今までを覆す激しい怒りに見舞われます。

ここからが大人の反抗期、¨破¨のスタートでした

30年間溜め込んできたバケツは一気に溢れ返り、感情は大洪水を起こします。何を見ても怒りや嫌悪の引き金になってしまうのです。


しかし、いままで怒ったことがないのでやり方がわからず、その行き場のないエネルギーは内側で暴走しパニック発作として放出されていきます。

テレビや友人からのLINE、いままでなんとも思わなかった些細なことにも刺激され発作が起きてしまうので、一番ひどいときは誰とも付き合えず、部屋から出られなくなってしまいました。


10代の反抗期となにが違うの?

私はこの先どうなってしまうのだろう…。

健全に反抗期を迎えた中高生とは何が違うのでしょうか?

色々考えた末、大人の反抗期は以下の理由から苦しみが増しているということがわかりました。

それなりに世の中を見てきている

30歳になれば、いろんな人と出会う機会があり、親と違ったタイプの大人もたくさん見てきていますよね。

場合によっては、自分が親の社会的、精神的レベルを超えていることもあります。
なので、自分ならこうした、あの人はこうしてくれた…など、比較の対象がたくさんあるのです

もちろん自分のことは棚にあげているのですが(笑)、反抗期は、今までのやり方に反抗することでひとつひとつ捉えなおし、自立した人間になっていく道のりなので、大人と子どもの間をウロウロしていて矛盾だらけなのです。

多くの情報が親を責める原因になる

現代には多くの情報があるがゆえに、親の至らない点が丸見えになってしまいます。

愛着障害やAC関連の『こういう環境だからこうなった』と紐づけて考える思考になりがちなものや、〇〇歳までにしておくとよいことなどの子育ての失敗を未然に防ぐようなノウハウまで、多岐にわたって紹介されています。

特に子育てについては、今の年代だからこそ深く理解ができるのでしょう。

しかし、本のようにパーフェクトに育ててくれていたら、今頃満たされていたのだろうかと考えると…不十分な気がしてなりませんでした。

社会生活を維持しなければならない

10代とのいちばんの違いは、どんなに苦しくても社会は待ってくれないということでしょうか。当時の私は新婚で仕事ももっていたために、突然色々なことが狂ってしまいました。

なので、うまくいかないことは親のせいにしたり、最終的には親の力を借りてしまうこともありました。

周囲は子育てラッシュで『実家の存在がありがたい』『親になって母の偉大さがわかった』と言っている中、逆走しているような自分がますます許せなかったのです。

 

¨離¨…ワクワク!『私のトリセツ』を作ろう

 

あの頃のおだやかな私に戻りたい…何度思ったことでしょうか。

しかし、それは感情が麻痺している不活性な姿だったということに気づいてしまうと、なにがなんでも乗り越えて先に進むしか道はありません。

当時の私は、あちこちにぶつかりながらも、だんだんとその事実を受け容れられるようになっていきました。

そして、反抗期スタートから1年が経過した頃でしょうか。そんな先行き不明の状態にもようやく光がさしてきます。きっと膿出しの時期も終盤になっていたのでしょう。

ドロドロの感情が昇華され、キラキラした希望へと変わっていく実感が少しずつわいてきたのです。

外に興味が向くようになって『もっと自己表現したい!』と、まるで今までの人生を取り戻すかのような意欲が生まれてきました。

ここからが、オリジナルの人生を完成させる、¨離¨のステージです。

『好き』『嫌い』を存分に感じ、固まっていた回路を育むと、次第に『私はこうされると嬉しい』『私はこれは不快だ』という、自分自身のトリセツが作られていきます。

自分の人生は自分で決める!という発想は、とても斬新で革命的。胸がおどる毎日でした。

 

②反抗期を終えても、成熟した人間にはなれない

さて、ここからが晴れて新しい人生のスタートです。

アイデンティティは確立され、今度こそ社会で通用する立派な人間になれたでしょうか?

残念なことに、私にはその実感が薄かったのです。

なぜなら、もともと控えめな性格なので結局は意見を通せませんし、いずれ、自分自分…と主張しながら戦うように生きていく世の中に疲れさえ感じるようになっていました。

それもそのもはず。

今まで一生懸命作り上げてきた私のトリセツは、自分を守るエゴのルールであり、それを作った個人が歪んでいるという事実は、世間では【個性】と正当化されてしまいがち。

個のルールも大切なのですが、それぞれのものさしで生きていたら、必ずどこかで争いが起きることは目に見えています。

実際、職場や家庭内のトラブルも、トリセツ通りに扱ってもらえず憤りになることが原因で起こるケースがほとんどで、これは反抗期を10代で終え、すでに社会で立派に活躍している人であっても例外はありませんよね。


¨自分の意見にこだわる分だけ心が狭くなる¨という現実だけがむなしく残され、今度は周囲との調和を図り、心を柔軟にしていく必要性を突き付けられたのでした

③心を柔軟にする新たなチャレンジ

自分軸を保ちながら寛容に生きるという、まるで夢みたいな方法が本当に存在するのでしょうか?

このままの生き方では大切なものを見失うと感じた私は、精神世界やスピリチュアルなどの探求に足を踏み入れることになります。

これで、抜け落ちた部分がおぎなえる…そう感じたのです。

そして、エネルギーワークを学び、波動を意識して幸運を引き寄せるような生活にシフトしていくようになりました。

実際このようにエネルギーを整えることによって、ポカポカと温かいものが心身をめぐり許し受容などといった意味が、少しずつ自分の中で体験となり癒されていきました。

しかし、ある一定のところまで成長したら、また大きな壁にぶつかってしまうことになります…。

 

スピリチュアルに立ちはだかる壁とは

次のステージに進むためにこのような方法が多く紹介されているのはご存知ですか?

  • 熱心なアドバイスやお節介からは離れる
  • 悪口や言い訳(『でも』や『だって』など)が多い人とは付き合わない
  • ワクワクに従いやりたいことをやる

思いきって悪い縁を切り、さらに高みを目指そうという方法です。確かに、影響を受け引っ張られてしまうのならいったん離れて自分の波動をあげることに専念することは仕方ないのかもしれません。

でも、今までお世話になった人は、本当に自分の成長を阻害する不要な人なのでしょうか?それに、ワクワクしないことも快く引き受けてくれている人には、どのように顔向けすればよいのでしょう…。

愛や調和を学んできただけに、そのギャップに驚きを隠せません。何か違う気がする…と

しかし本当は、自分も周りも大切にしながら、まるごと生まれ変われるというとっておきの方法があったのです。

④悟りのメッカで生まれた、あの方法でレベルアップ!

そのとっておきの方法とは、ヨグマタ相川圭子さんが指導するヒマラヤシッダー瞑想です。相川圭子さんは、本場ヒマラヤで厳しい修行を完成させた先生で、世界にたった二人しかいないシッダーマスターです。

もう少し身近な例を挙げていきますと、最近では【マツコの知らない世界】【Mr.サンデー】など馴染みのあるメディアの瞑想特集にも出演されており、瞑想希望者が後を絶たない人気ぶりとなっています。

また、国連に主賓として招かれ、世界平和のスピーチや瞑想の指導をしたという経歴も、信頼できる大きな要素のひとつではないでしょうか。

実は私も、知人の紹介で相川圭子さんに瞑想を習い4年目になりますが、世界に認められたその瞑想法でみるみる壁を超えることができました。

つい最近まで反抗期だった私が(笑) 一体どのように変容したのか? ここからは、実際に体験した奇跡をいくつかご紹介したいと思います。

 

ワクワクを超え、苦手なことにも喜べる

ワクワクを基準にすると好きなことに向けてのパワーが発揮できるので、それはそれで良いことです。

しかし、ヒマラヤシッダー瞑想を始めると愛が基準になり、苦手なことにも『やらせていただこう』と、謙虚な気持ちになれます。すると、いつの間にかうまくいくようになり、好き嫌いが減っていきました。それは心のジャッジを超えた深い喜びです。

昨今では、災害や緊急事態が多く、いろんな人の数えきれない働きで世の中は成り立っていると実感させられます。

気持ちよいものを求めるのもよいのですが、自分から変わることでふんわり溶け込んでいけるような寛容さが芽生えてくると、より調和的に生きられるのではないでしょうか。

 

合う合わないの心から自由になる

驚くことに、今まで見てきた波動のほとんどが、自分の価値観によって作られるということが、瞑想で見えてきました。

嫌いなものや認めたくないものを、悪い波動として受け取っていたのです。そんな心を正していくと、『いいも悪いもないんだなぁ』とまあるい気持ちになります

反対に、みんなと仲良くすべきだというこだわりも薄れ、ほどよい距離感で心地のよい人間関係が構築できるようになりました。

くっついたり離れたり…と、特有のわずらわしさからも解放され、ご縁は自然に生まれ消えてゆく。そんな宇宙のリズムで生かされていることを実感できます。

 

いちばん許せない人を愛することができる??

これは少し耳が痛いかも知れませんが、自分もそうだったということを念頭に置きお話しします。

気づきが深まると、縁切りは必要がなかったということがわかってきます。

なぜなら、あのとき本当に縁を切りたかったのは、相手ではなく未熟な自分自身…。気づくことは時に痛みを伴いますが、相川圭子さんのご指導で、そんな自分もまるごと愛することができるようになるのです。

すべてのご縁は、自分の幅を広げてくれるありがたいもの…。少しずつその尊さが理解できるようになり、悪い縁自体ができなくなりました。人間関係は鏡だというのは本当なのかもしれませんね。

 

⑤心を捨て去ったところに、本当の愛と平和がある

 

これまで、私が体験した本質的な成長のプロセスをお伝えしました。

【好き嫌い】【合う合わない】は心の働き。そんな心から自由になり、愛から行動できる喜びをあなたにも味わっていただきたいと願っています。

辛い事にも耐えガマンを重ねる時代から、自我を開放し好きな事を存分にできるまで時は移り変わりましたが、もう一歩前進して、生かし合いの世の中へ…。

ヒマラヤシッダー瞑想は、愛と平和を体現できるたったひとつの方法です。

もちろん、ここに書いた体験もほんの一部で、私もまだまだ道の途中。続きは、ぜひあなたが実際に瞑想を始め、あなた自身の体験として感じとっていただけたら幸いです

最後までお読みいただきありがとうございました。

※神…心を超えたところにいる本当の自分

ヨグマタ相川圭子さんの公式サイトはこちら

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