【人生の目的】私たちはなぜ、この世に生まれてきたのか

私たちはなぜ、この世に生まれてきたのでしょうか。

とても大切な問題であるにも関わらず、意外と教えてくれる人がいない。

そんな事より、毎日の生活が楽しい方が良いと考える人も多いかと思います。

でももしも私たちは、偉大な目的があって、この世に生まれてきたのであれば、もしもそれを忘れていたら大変です。
少し立ち止まって、静寂になり自分を見つめ、人生の目的について考えてみると、大切なことが見えてくる。

・なぜ私たちは生まれてきたのか
・生きる中で大切なことは何か

人生は限られています。愛する人もいつかは死を迎え、自分自身も死を迎えます。
こうした仕組みは何故あるのか?

考えてみました

1 生きる意味を考える

 

私たちが生まれてきた目的

そもそも私たちはなぜ、この世に生まれてきたのでしょうか。それは経験を積み、学びを得るためです。地上で様々な修行をすることでさらに自分を進化させるためなのです。

この肉体をまとって地上に降りてきて初めて、様々な体験をし、味わい、実感することができます。体験のためには「体」が必要なのです。

歩くこと、走ること、休むこと、働くこと、話すこと、愛し合うこと。喜びや悲しみ、楽しみを感じたりして、あらゆることを体験し、学んでいきます。

こうした学びができるのは体、そして心があるからです。しかし体は「物質」です。

あらゆる物質は変化し、限界があります。いずれその寿命が来て終わりを迎えるのは避けられません。その期限が普段、私たちが考えている「死」なのです。

死を理解して幸せに生きる

人間はいつ死ぬかわかりません。
とても健康そうな人も急に病気になってしまったり、交通事故にあったりします。

一方で家族が急に亡くなってしまい、寂しいと感じる人もいます。

だれもこれらをコントロールしたりすることは出来ません。

一見幸せそうに見えて、お金も家族も仕事も順調であっても、それらは一瞬にして、災害や社会情勢の変化、病気などによって変化をします。

この世の中の唯一の法則は変化しないものは存在しないということ。だれもこれらの自然の法則や大きな力に逆らうことは出来ません。

なぜこれらの仕組みが存在するのでしょうか。
私たちは一体何のために生きているのでしょうか。

カルマとは何か

インドの教えの中に、カルマと輪廻転生があります。

私たちは、数えきれない生を重ねて生まれては死んで生まれては死んでを繰り返してきました。

何かを思ったり、行為をした記憶はカルマ(体験の記憶)となって、心に刻まれていきます。それを潜在意識とも言います。

そしてそのやり残した思いを、再度体験し、成長していく為に私たちは生まれてきました。

ある時はお金を持って生まれる

ある時は、貧乏な家に生まれ、ある時はお金持ちの家に生まれたり、ある時は、健康な体で生まれ、ある時は早く病気になるカルマを持っている場合もあります。

楽に人生を歩んだり、苦労もない人生を歩んでいる人を見て羨ましいと感じることもあるかもしれません。

あるいは、一生懸命努力をして勉強をしてもなかなか成果が出ないと感じるかもしれません。

それらは、心に刻まれた体験の記憶(カルマ)があって、その不自由さあるいは自由さを表現しています。

それでは、私たちは、そのカルマに翻弄されて、中々それを超えることは出来ないのでしょうか。

古来から実践されてきた瞑想の効果

古来、多くの偉人や偉大な指導者、あるいは経営者などは
瞑想を実践してきました。

それは、ヨガと瞑想が、カルマを変えて、幸せに生きる方法であることを理解していたからでした。

私たちの、心には、たくさんの記憶が詰まっていて、なかなかその体験の記憶を手放すことは出来ません。

例えば、上司に「新しい仕事を君に任せたい」と言われて、

「何てチャンスなんだ。有難い。」と感じる人もいれば、
「私に苦労をさせて、自分は楽をしようとしている」と感じる人もいます。

あるいは、「私はそんなことは出来ない。怖くてしょうがない。」と感じる人もいます。

それらは、すべてそれぞれの人が持っている、体験の記憶が異なるのです。

本来、正しい目で見たときに、それらの否定的な反応ではなく、感謝をしたりニュートラルに捉える事が出来たなら、どんどんと新しいことにも挑戦し評判も良くなり、成功していくと思います。

本来、心は自動的に反応してしまいますが、ヨガと瞑想を毎日続けていくと自然に心が楽に変化をしていきます。

そしてすべてをフラットに見る事が出来て、すべての出来事を、感謝や嬉しい気持ちで捉える事ができるようになります。

長く生きれば幸せなのか。

一方で長く生きても、老後にやる事が無かったり、お金の心配をしたり、家族が先に亡くなってしまったりして寂しいと感じたり、人生の目的が解らず苦しんでいる人も多くいます。

あるいは、まだそうなってもいないのに、年金の心配や老に対する不安や心配をしている人たちがたくさんいます。

どうしたら、本来偉大な目的があって生かされている私たちが、不安から解放され、毎日幸せになることが出来るのでしょうか?

これの根本的な、不安の正体は、人生の目的を忘れ、本来の生きる意味を忘れていることが原因です。

改めて考える人生の目的

私たちは、本来内側に無限の力や愛があり、パワーがあります。
それらの力を制限しているものが、先ほどからの体験の記憶(カルマ)になります。

もしも、老後の年金に不安があれば、自分で事業を行い
お金を得ることもできます。

でも、心に不安や恐れがあり、パワーもなく疲れ果てていれば、その不安や恐れは現実のものになります。

それらの執着を手放す事がとても大切です。

本来私たちが持っている力は、恐れや不安というカルマが無くなれば、すべて解消されて不可能な事がどんどん無くなって行きます。

そして本来の目的は、自分の人生は自分の問題を解決するに止まらず、すべての人が平和であったり、幸せである事を手助けして、自分も幸せになり、相手も幸せになるという与える生き方を思い出す事です。

ではどうすれば、良いのか。それが内側を変える瞑想の実践です。

瞑想で見えてきたこと

瞑想をはじめて9年が経ちました。
生きることが楽になる方法。それが瞑想です。

瞑想を毎日していくと、ショックを受けたり悲しい心が
見えてきます。それを静かに見つめていると、自分は心ではないと見えてきました。

緊張していたり、痛みのある体も見つめていきます。
そうすると自分は、体では無いと見えてきました。

私たちは、普段たくさん心を使い、体を使っていき続けています。

心と体の仕組みを理解する

自分とは何か。心と体は表層の部分で動いている。
それらを使って、嬉しいことや悲しいことを体験する。

そして進化成長する為に、私たちは体と心をいただきました。

人間は、いつかそれらを捨てて死を迎えまた新しい人生に旅たちます。

死ぬときには、今まで集めたお金も、友達も、家族も何も持っていけません。
唯一持っているけるもの。それは人に親切をしたり、助けたり、自分が行動をした体験の記憶です。

生と死を繰り返してきた理由

私たちは、何生も何生も生まれては死に、生まれては死んで、そうした生をかさね、生き続けてきました。

そこから目覚める方法。それがヒマラヤの瞑想です。

瞑想を毎日していくと、ストレスが無くなって平和な心がでてきます。
内側の仕組みを理解していく。

今、多くの人は、たくさんの物を集めて、でも満たされない。
いつも何かが足りない。と気づき始めています。

本当の平和は内側にあります。
恐れを手放し執着を手放し、本当の幸せがやってきます。


お薦め書籍:人生の質が上がる魂の磨き方 瞑想の力

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執筆者:EJ

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